1853年(嘉永6)のペリー艦隊来航以来、
諸外国の船が日本に来るようになりました。
幕府は薩摩藩主の島津斉彬(しまづ なりあきら)と水戸藩主の
徳川斉昭(とくがわ なりあき)の意見を入れて、1854年(安政元)
「外国の船と間違えないように*日本総船印は白地に日の丸」と決定しました。
太平洋を渡った咸臨丸は日本の軍艦であることを示す日の丸を掲げ、
アメリカでも国旗として扱われました。
*日本総船印(にほんそうふなじるし)
日本の船であることを示すしるし。当時は各藩ごとの船印が掲げられ、
日の丸は幕府の船印でした。